幼児期の過ごし方は将来の学力に影響する?先取り・遊び・家庭環境で育てる5つの土台

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幼児期の学力は何で決まる?灘・医学部に進んだ塾長が語る学びの土台

最終更新日 2026年08月04日

幼児期 学力 ヘッダー


記事執筆者:熊野貴文
幼児教室ひまわり塾長。4歳頃から学習を始め、灘中学、大阪大学医学部に進学。自身の受験経験と、保護者への教育相談・指導経験をもとに、幼児期からの学びについて発信している。


「幼児期の過ごし方は、将来の学力に関係するのだろうか」

「小さいうちから勉強させた方がよいのか、それとも、のびのび遊ばせた方がよいのか」

「医学部や難関校を目指すなら、幼児期に何をしておけばよいのか」

このように考える保護者の方は少なくありません。

幼児期から学習を始めた方がよいと聞くと、早くひらがなを覚えさせたり、計算を進めたり、小学校の内容を先取りしたりすることを想像されるかもしれません。

一方で、「幼児期から勉強させるのはかわいそう」「小さいうちは、のびのび遊ばせた方がよいのでは」と感じる方もいると思います。

では、幼児期の学力は、どのように考えればよいのでしょうか。

結論から言いますと、幼児期の過ごし方だけで、将来の学力が決まるわけではありません。ただし、幼児期や幼少期の過ごし方は、将来の学力に影響する要素の一つです。数や言葉に親しむこと、考えること、短くても続けること、できた経験を積み重ねることは、その後の学びを支える土台になります。

それは難しい勉強を早くから詰め込むという意味ではありません。幼児期に大切なのは、早く先取りをすることだけではなく、学ぶことが生活の中にあり、考えること、続けること、できた喜びを味わうことです。

親が見落としやすいのは、幼児期の教育を「早く勉強させるか」「のびのび遊ばせるか」の二択で考えてしまうことです。

本当に大切なのは、勉強か遊びかを分けて考えることではありません。遊びや日常生活の中で、数や言葉に触れ、考え、試し、できた経験を積み重ねることです。

この記事では、私自身が幼児期から学ぶ環境の中で育ち、灘中学、大阪大学医学部に進んだ経験を振り返りながら、幼児期の学力をどのように考えればよいのかをお伝えします。

【この記事で分かること】

  • 幼児期の過ごし方が将来の学力にどう関わるのか
  • 幼児期の学力を先取りの進度だけで判断できない理由
  • 灘中学・大阪大学医学部に進んだ塾長の幼児期の学習経験
  • 「先取りか、のびのびか」の二択で考えないための視点
  • 先取り学習を続ける前に確認したい子どもの反応
  • 「天才」「賢い」と褒めるときに見落としやすいこと
  • 幼児期から無理なく学習習慣を育てる方法
  • 将来の学力につながる5つの土台
幼児期の学力とは、先取りの進度だけではない

幼児期の学力というと、読み書きや計算がどこまでできるかを思い浮かべる方が多いと思います。

「何歳でひらがなが読めるようになったか」

「どこまで計算ができるか」

「小学校の内容をどれくらい先取りしているか」

「プリントを何枚こなせるか」

こうしたことは、確かに一つの分かりやすい目安になります。

しかし、幼児期の学力をそれだけで見てしまうと、本当に大切な土台を見落としてしまうことがあります。

幼児期の学力は、テストの点数や偏差値のように、はっきり数字で測れるものばかりではありません。

たとえば、次のような力も、将来の学力につながる大切な土台です。

・数や文字に親しむこと

・言葉で考えること

・人の話を聞くこと

・図形や空間をイメージすること

・「なぜだろう」と考えること

・分からないことに向き合うこと

・最後まで取り組むこと

・「できた」と感じること

幼児期の学びは、机の上の勉強だけで育つわけではありません。

積み木で高さを比べる。

おやつの数を数える。

絵本を読んで、登場人物の気持ちを話す。

迷路で道を考える。

折り紙で形に触れる。

買い物の中で数や言葉に触れる。

こうした日常の中にも、学力の土台はあります。

文部科学省の「幼稚園教育要領解説」でも、幼児期には、遊びを通して頭も心も体も動かし、身近な環境に主体的に関わりながら、総合的に学んでいくことが重視されています。

つまり、幼児期の学力を考えるときには、「何年生の内容まで進んだか」だけではなく、その子の中に、考える力、言葉の力、数への感覚、学習習慣、自己効力感が育っているかを見ることが大切です。

幼児期の学力の伸ばし方で何が大切かといえば、目に見える学力の差だけを追うのではなく、こうした土台を育てることです。幼児期に育った土台の違いが、その後の学習で少しずつ差につながっていきます。

幼児期 学力 図1


先取り学習そのものが悪いわけではありません。

子どもが楽しみながら取り組み、理解が伴っているのであれば、先に進むことがよい刺激になることもあります。

ただし、幼児期に見るべきなのは、進度だけではありません。

その子が、学ぶことを嫌がっていないか。
考えることを面白いと感じているか。
分からないときに、すぐに投げ出さず、もう少し考えようとできるか。
できた経験を積み重ねているか。

ここを見ることが、将来の学力を考えるうえで大切です。

熊野の幼児期から見える、学力の土台

私自身は、幼い頃から学ぶ環境の中で育ちました。

4歳頃から教育を受け始め、小さい頃から週に2回、公文式に通っていました。そこで数字や計算に触れ、算数の問題を解くことが生活の中に入っていました。

小学校に入学する頃には、周囲の子よりもかなり先の内容まで進んでいました。幼い頃から数字に慣れていたことで、計算に対する抵抗が少なく、勉強に対しても「特別に苦しいもの」という感覚はあまりありませんでした。

その経験は、灘中学を目指すうえでも、大阪大学医学部を目指すうえでも、大きな土台になったと感じています。

もちろん、医学部や難関校を目指す道のりでは、幼児期だけで結果が決まるわけではありません。中学受験、大学受験と進む中で、長い期間、勉強を続ける必要があります。

ただ、幼い頃から学ぶことが生活の中にあったことは、後の学習に大きく影響していたと思います。

私にとって、勉強はある日突然始まったものではありませんでした。

幼児期から、数字に触れること、考えること、決まった時間に学ぶこと、できた経験を積むことが生活の中にありました。その積み重ねによって、学ぶことへの抵抗が少なくなり、「やればできる」という感覚を持ちやすくなったのだと思います。

そろばん
親から「天才」と言われて育ったことは、自信にもなった

私自身、幼い頃から勉強ができたことで、親から「天才だね」「すごいね」と言われて育ちました。

小学校に入った頃から、自分は周囲の子とは違い、勉強ができる方なのだと感じていました。その感覚が、自信につながった面は確かにあります。

中学受験や大学受験のように厳しい環境では、何度も壁にぶつかります。そのようなときに、「自分はやればできる」「自分にはできるはずだ」と思える感覚は、大きな支えになります。
幼少期に勉強で成功体験を積み、親から能力を認めてもらえたことは、私にとって大きな財産でし
た。

ただし、今の教育者として振り返ると、子どもに本当に残したいのは、「自分は天才だからできる」という感覚だけではありません。

むしろ大切なのは、

「考えれば分かる」

「練習すればできるようになる」

「分からなくても、戻ればよい」

「間違えても、やり直せばよい」

という感覚です。

「天才だね」「すごいね」という言葉が悪いわけではありません。子どもに自信を与えることもあります。

ただ、それだけに偏ると、子どもによっては「できる自分でいなければならない」と感じることがあります。難しい問題に出会ったとき、間違えることが怖くなったり、できない問題を避けたりすることもあるかもしれません。

だからこそ、今の私が当時の自分に加えてかけてもらえたらうれしかった言葉を考えるなら、「天才だね」だけではなく、次のような言葉です。

「よく考えたね」

「昨日よりできるようになったね」

「分からないところを、もう一度やれたね」

「最後まで向き合えたね」

このような言葉があれば、能力そのものだけでなく、考え続けること、やり直すこと、学び直すことにも自信を持てたのではないかと思います。

当時の教育を否定するものではない

ここで誤解していただきたくないのは、親から「天才だね」「すごいね」と言われたことや、幼い頃から学ぶ環境を用意してくれた親の関わりを否定したいわけではないということです。

私自身、幼い頃から学ぶ環境を用意してもらったことで、数字に慣れ、勉強への抵抗が少なくなり、灘中学や大阪大学医学部を目指すうえで大きな土台を得ることができました。

また、親から能力を認めてもらえたことも、当時の私にとって自信につながりました。
その意味で、当時の家庭での関わりが、私にとって大きな力になったことは間違いありません。

ただ、当時は今ほど、幼児教育や子どもの発達、学習意欲、自己効力感、親の声かけに関する情報が手に入りやすい時代ではありませんでした。その時代に得られる情報の中で、親は最善だと思う環境を用意してくれていたのだと思います。

一方で現在は、子どもの学び方や発達について、多くの情報に触れられる時代です。

だからこそ、昔の教育を否定するのではなく、今分かっていることを取り入れながら、親も教育観を少しずつ更新していくことが大切だと感じています。

幼児期の学力で親が見落としやすいこと

幼児期の学力について考えるとき、保護者の方が迷いやすいのは、「早く勉強させるべきか」「のびのび遊ばせるべきか」という点です。

もちろん、幼児期から無理に勉強を詰め込む必要はありません。

一方で、「小さいうちは何もしなくてよい」「勉強は小学校に入ってからでよい」と考えすぎると、学びの土台を作る機会を逃してしまうことがあります。

ここからは、幼児期の学力を考えるうえで、親が見落としやすいことを整理していきます。

「先取りか、のびのびか」の二択で考えてしまう

幼児期に勉強をどこまでさせるべきか、遊びをどの程度大切にするかは、多くの保護者が迷うところです。しかし、幼児期の勉強と遊びは、どちらか一方を選ぶものではありません。

幼児期の遊びも、将来の学力につながる大切な経験です。体を動かすこと、友達と関わること、自然に触れること、絵本を読むこと、ものを作ること、想像すること。こうした経験の中にも、考える力や言葉の力は育っています。

ただし、のびのび遊ぶということは、何も考えずに過ごすことではありません。

積み木を高く積むとき、子どもはバランスを考えています。パズルでは形や向きを見ています。おやつを分けるときは数を考え、絵本や迷路では言葉や見通す力に触れています。

一方で、早く先取りをすればよいというわけでもありません。

何歳でひらがなが読めるか。

計算がどこまで進んでいるか。

小学校の内容をどれくらい先取りしているか。

周りの子より早くできているか。

こうしたことは目に見えやすく、親にとって分かりやすい指標です。私自身も、小学校入学時には周囲よりかなり先の内容まで進んでいました。早く進んでいたことが、自信につながった面もあります。

しかし、今振り返ると、本当に大切だったのは、先取りの量そのものだけではありません。

そこに至るまでに、数字に慣れていたこと。

考えることに抵抗がなかったこと。

決まった時間に学ぶ習慣があったこと。

できた経験を積み重ねていたこと。

勉強を特別に苦しいものだと思っていなかったこと。

こちらの方が、長い目で見たときには大きかったと感じています。

幼児教室ひまわりでも、幼児期の学習についてご相談を受けるとき、最初から「もっと先に進めましょう」とは判断していません。

実際のご相談でも、年齢より先のプリントまで進んでいる一方で、間違えると「もうやらない」と言うようになったお子さまがいました。保護者の方は、「練習量が足りないのではないか」「もっとプリントを増やした方がよいのではないか」と考えておられました。

しかし、保護者の方から、プリントを始める前後の様子や、間違えたときの表情・反応を詳しく伺うと、問題を解く力が足りないというよりも、間違えることへの不安が強くなっていました。先へ進むことを優先するあまり、子どもにとってプリントが「考える時間」ではなく、「間違えてはいけない時間」になっていたのです。

この場合、必要なのは、さらにプリントの量を増やすことではありません。そこで、幼児教室ひまわりでは、いったん少し取り組みやすい問題に戻り、短い量で終えられるようにすることを提案しました。

また、保護者の方には、正解したときだけでなく、「ここまで考えたね」「間違えたあとに、もう一度やれたね」と、考えた過程ややり直した姿も認めるようお伝えしました。

その後は、間違えたときにすぐ「もうやらない」と言う場面が減り、少しずつ「もう一回やってみる」と取り組める場面が増えていきました。

幼児期の学力は、どこまで先取りできているかだけでは判断できません。進度が高くても、間違えることへの不安が強くなっているなら、先へ進む前に、安心して考え直せる学び方へ戻すことが大切です。

反対に、先取りの量が多くなくても、考えることを楽しめていて、分からないときにもう一度取り組める子は、その後の学びを支える土台を持っていると感じます。

幼児期 学力 図2
能力を褒めるだけで自信が育つと思ってしまう

幼児期の学力を考えるとき、もう一つ見落としやすいのが、子どもの自信の育て方です。

子どもが早く文字を読めるようになったり、計算ができたりすると、親はうれしくなります。

「すごいね」

「賢いね」

「天才だね」

このように声をかけたくなることもあると思います。

もちろん、子どもを褒めること自体が悪いわけではありません。

私自身も、幼い頃から勉強ができたことで、親から「天才だね」「すごいね」と言われて育ちました。その言葉は、当時の私にとって自信につながった面があります。
中学受験や大学受験のように厳しい環境では、「自分はやればできる」「自分にはできるはずだ」と思える感覚が支えになることがあります。

ただし、今の教育者として振り返ると、子どもに本当に残したいのは、「自分は天才だからできる」という感覚だけではありません。

大切なのは、

「考えれば分かる」

「練習すればできるようになる」

「分からなくても、戻ればよい」

「間違えても、やり直せばよい」

という感覚です。

「天才だね」「すごいね」という言葉が悪いわけではありません。子どもに自信を与えることもあります。

ただ、それだけに偏ると、子どもによっては「できる自分でいなければならない」と感じることがあります。難しい問題に出会ったとき、間違えることが怖くなったり、できない問題を避けたりすることもあるかもしれません。

だからこそ、能力そのものだけではなく、

「よく考えたね」

「昨日よりできるようになったね」

「分からないところを、もう一度やれたね」

「最後まで向き合えたね」

と、考えた過程ややり直した姿勢も言葉にすることが大切です。

このような声かけがあると、子どもは「できる自分」だけでなく、「考え続ける自分」「やり直せる自分」にも自信を持ちやすくなります。

勉強習慣は小学校からでよいと思ってしまう

幼児期の学力で見落としやすいのが、学習習慣です。

「勉強は小学校に入ってからでよい」

「宿題が始まれば自然に机に向かうようになる」

「幼児期はまだ習慣まで考えなくてもよい」

このように考える方もいると思います。

もちろん、幼児期から長時間机に座らせる必要はありません。

ただ、小学校に入った日から急に、

「毎日宿題をしなさい」

「机に座りなさい」

「最後まで考えなさい」

と言われても、子どもにとっては負担が大きいことがあります。

幼児期に大切なのは、長時間の勉強ではなく、学ぶことが生活の中に少しずつ入っていることです。

絵本を読む。

数を数える。

簡単な迷路やパズルをする。

一つのことを最後までやってみる。

できたら親子で喜ぶ。

このような経験があると、子どもにとって学ぶことが特別なものではなくなります。

幼児期の学習習慣は、厳しく机に座らせることではありません。
学ぶこと、考えること、やってみることが、生活の一部になっている状態を作ることです。

親自身の教育観を更新する視点を忘れてしまう

幼児期の教育を考えるとき、親自身の教育観も大切です。

多くの保護者の方は、自分が受けてきた教育や、自分の時代に良いとされていた教育を基準にして、子どもの教育を考えます。

「自分の頃はこうだった」

「昔はこれでうまくいった」

「小さいうちから先に進んだ子が有利だった」

「子どもはのびのび育てるべきだと言われていた」

どれも、完全に間違っているわけではありません。

その時代には、その時代の情報があり、その中で最善だと考えられていた方法があります。私自身も、幼児期から学ぶ環境を用意してもらったことで大きな力を得ました。親から「天才だね」「すごいね」と認めてもらえたことも、自信につながりました。

当時の教育を否定する必要はまったくありません。

ただし、教育は時代とともに更新されていきます。

今は、子どもの発達、学習意欲、自己効力感、親の声かけ、幼児期の遊びと学びの関係などについて、以前より多くの情報に触れられる時代です。

だからこそ、昔の教育を否定するのではなく、今分かっていることを取り入れながら、子どもへの関わり方を見直していくことが大切です。

教育観を更新するとは、流行の教育法に振り回されることではありません。
昔の良い部分を大切にしながら、今の子どもに合う関わり方を学び直していくことです。

熊野の経験から考える、幼児期に育てたい5つの学力の土台

では、幼児期には具体的にどのような土台を育てればよいのでしょうか。

幼児期の家庭環境や学習環境だけで、将来の学力が決まるわけではありません。ただし、幼児期の学力を支える親の関わり方として、学ぶことを生活の中に置き、考えた過程や続けた姿を認めることは重要です。

ここでは、私自身の幼児期の経験を振り返りながら、将来の学力につながる土台を5つに整理します。

1.学ぶことが生活の中にある状態

幼児期に大切なのは、特別な勉強を長時間させることではありません。

大切なのは、学ぶことが生活の中に自然にあることです。

私の場合、小さい頃から公文式に通い、数字や計算に触れる時間がありました。それは、単に先取りをしていたというだけではなく、学ぶ時間が生活の中に組み込まれていたということでもあります。

子どもにとって、勉強が突然始まるものではなく、日常の中にあるものになると、学ぶことへの抵抗は少なくなります。

これは必ずしも、公文式でなければならないという意味ではありません。

家庭で絵本を読む。

数を数える。

パズルをする。

簡単なプリントに取り組む。

親子で会話しながら考える。

形は家庭によって違ってよいのです。大切なのは、学ぶことが生活から切り離された特別なものではなく、自然に触れられるものになっているかどうかです。

2.数字や言葉に抵抗なく触れられる状態

幼児期に、数や言葉に触れる経験はとても大切です。

ただし、何歳までにひらがなを全部読めるようにする、何歳までに計算をどこまで進める、という目標だけで考える必要はありません。

大切なのは、数字や言葉に触れることを、子どもが嫌なものとして受け取っていないかどうかです。

おやつを数える。

時計を見る。

絵本の言葉を楽しむ。

自分の名前の文字を探す。

買い物の中で数に触れる。

こうした日常の中で、数や言葉に親しむことができます。

私自身も、幼い頃から数字に多く触れていたことで、算数への抵抗が少なくなりました。数字を見ること、計算すること、考えることが、特別に怖いものではなかったのだと思います。

幼児期の数や文字の学びは、無理に暗記させることではありません。生活の中で何度も触れ、親しみ、少しずつ分かる経験を積むことです。

3.分からないことを少し考えてみる力

学力を伸ばすうえで大切なのは、分からないことがない状態を作ることではありません。

むしろ、分からないことに出会ったときに、少し考えてみる力が大切です。

幼児期の子どもは、すぐに答えが出ないと嫌がることがあります。

「分からない」

「できない」

「もうやらない」

と言うこともあります。

そのときに、すぐに答えを教えるのではなく、

「どこまで分かったかな」

「もう一回見てみようか」

「違うやり方でやってみようか」

「ここまではできているね」

と、考える時間を少し残してあげることが大切です。

幼児期 学力 図3


難しい問題を解けることよりも、分からないときにすぐ投げ出さず、少し考えてみる経験を積むこと。

これが、後の学習で大きな差になります。

将来、受験勉強に進むと、すぐには解けない問題に何度も出会います。そのときに必要なのは、最初から何でもできる力ではありません。

分からなくても向き合える力です。

4.短くても続けられる学習リズム

幼児期の学びでは、長時間取り組むことよりも、短くても続けることが大切です。

小さな子どもに、長時間集中することを求める必要はありません。むしろ、長くやらせすぎることで、学ぶことが嫌になってしまうこともあります。

毎日5分でも、絵本を1冊読むだけでも、迷路を1つするだけでもかまいません。

短くても、「今日も少しやった」「最後までできた」「昨日より分かった」という経験が積み重なると、学ぶことへの抵抗が少なくなります。

幼児期の学習リズムは、受験期のような長時間学習とは違います。

大切なのは、学びを苦しいものにしないことです。そして、学ぶことが生活の中に自然にある状態を作ることです。

5.「やればできる」という自己効力感

幼児期に育てたい最後の土台は、「やればできる」という自己効力感です。

自己効力感とは、自分はやってみればできる、工夫すれば前に進めるという感覚です。

私自身、幼い頃から勉強で成功体験を積んだことで、「自分はできる」という感覚を持ちやすくなりました。その感覚が、受験期の支えになった面は確かにあります。

ただし、今の教育者として考えると、子どもに残したいのは、「自分は天才だからできる」という感覚だけではありません。

それよりも、

「考えたら分かった」

「練習したらできた」

「間違えても直せた」

「昨日より進めた」

という経験です。

この感覚がある子は、難しい問題に出会っても、すぐに自分には無理だと決めつけにくくなります。

幼児期の成功体験は、子どもを競争に勝たせるためだけにあるのではありません。

「やってみたらできた」

「少し頑張ったら分かった」

「分からなくても戻れば大丈夫」

という経験を積むためにあります。

この土台が、将来の学力を支えていきます。

幼児期の学力についてよくある質問

Q:幼児期から勉強させないと、将来遅れますか?

無理に勉強を詰め込む必要はありません。

ただし、幼児期から学ぶことが生活の中にあると、小学校以降の学習に入りやすくなります。数や文字に触れる、絵本を読む、考える遊びをする、短い時間でも取り組む。こうした経験が、将来の学力の土台になります。


Q:幼児期に先取り学習は必要ですか?

幼児期の先取り学習は、すべての子に必要なものではありません。子どもが楽しめていて、理解が伴っているなら一つの選択肢です。

ただし、幼児期の先取りには、進度だけが目標になると、子どもが学ぶ意欲を失いやすいというデメリットもあります。何年生の内容まで進んだかだけではなく、理解できているか、考えることを楽しめているかを見ることが大切です。


Q:「天才」「賢い」と褒めるのはよくないですか?

言ってはいけないわけではありません。

子どもにとって、親から認められることは大切です。ただし、それだけに偏るよりも、「よく考えたね」「最後までできたね」「間違えたあとに直せたね」と、過程を認める声かけを増やす方が、子どもは挑戦しやすくなります。


Q:医者や難関校を目指すなら、幼児期に何をすべきですか?

医者や難関校を目指す場合でも、幼児期に見るべきなのは先取りの量だけではありません。

大切なのは、学ぶことが生活の中にあること、考えることに抵抗がないこと、短くても続けられること、分からないことに向き合えることです。

まとめ|幼児期の学力は、先取りではなく土台づくりで考える

幼児期の過ごし方は、将来の学力の土台に関わります。

ただし、それは、早く先取りをすればよいという意味ではありません。

私自身、幼児期から学ぶ環境があり、数字に慣れ、勉強に抵抗が少ない状態で育ちました。その経験は、灘中学や大阪大学医学部を目指すうえで、大きな土台になったと感じています。

また、親から「天才だね」「すごいね」と認めてもらえたことも、受験期の支えになる自信につながりました。

しかし今振り返ると、子どもに本当に残したいのは、「自分は天才だからできる」という感覚だけではありません。

大切なのは、考えること、続けること、分からないことに向き合うこと、間違えても戻れること、練習すればできるようになると感じることです。

幼児期の学力は、先取りの量だけで決まるものではありません。

どこまで進んだかよりも、学ぶことが生活の中にあるか。

考えることを嫌がっていないか。

できた経験を積めているか。

分からないときに安心して戻れるか。

「やればできる」と感じられているか。

ここを見ることが大切です。

昔の教育を否定する必要はありません。その時代には、その時代の中で最善とされていた関わり方がありました。

一方で、今は子どもの学び方や発達について、多くの情報に触れられる時代です。だからこそ、親も教育観を少しずつ更新しながら、今の子どもに合った関わり方を考えていく必要があります。

幼児期に大切なのは、子どもを早く競争に乗せることではありません。

「自分は天才だからできる」と思わせることでもありません。

その子が、考えることを楽しみ、分からないことに向き合い、「やればできる」と感じられる土台を作ることです。

その土台が、小学校以降の学び、受験期の努力、そして将来の学力を支えていきます。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

今回の記事では、幼児期の学力は先取りの量だけで決まるものではなく、学ぶことが生活の中にあり、考えること、続けること、やり直すことを経験する中で育っていくとお伝えしました。

これは、幼児期の先取り学習だけの話ではありません。家庭教育では、いつ学習を始めるか、どこまで教えるか、遊びと勉強をどう両立するか、どのような声かけで自信を育てるかなど、判断に迷う場面が何度もあります。

幼児教室ひまわりで教育相談や指導を行う中でも、「どこまで早く進んだか」だけでなく、子どもが考えることを楽しめているか、分からないことに向き合えているか、「やればできる」という感覚が育っているかを見ることが、その後の学びを支えるうえで大切だと感じています。

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「先取りをさせるべきか、のびのび遊ばせるべきか迷っている」
「医学部や難関校につながる幼児期の土台を知りたい」
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